「何ですか?姫様・・・・」
今日の姫様はおかしい。
何がおかしいかと言うと、ほとんど全てが。
「なんでもありません」
いつもなら彼女は話したがって沈黙を許さない人なのだ。
今日はいい天気だから庭に出ましょう。とか、今日はあの人にあんな悪戯するの!だとか。
とにかく姫様はよく話すし、話を聞きたがる。
それが今日はどうしたことか、会話が続かない。
話しかけても上の空、そして自分から口を開こうとはしない。
どうしたものか。
姉姫様のところへ悪戯しに行かなかっただけではなく、こんな事が起こるなんて。
宮中の者の中には何か悪いものでもお食べになったのでは?と言う者もいるし、
まさか何か重大な病にでもかかってしまわれたのでは!とか言う者もいる。
でもどれも勝手な憶測でしかなく、推測の域を出ないものなのだ。
困ったものだ。
「リオン様、あの……少し、よろしいでしょうか」
「何だ」
「実はリオン様のお父上がいらっしゃっておりまして。リオン様とお話がしたい、と」
「父上が?一体何故……」
その上、父がここを訪れるなんて。
滅多な事がなければ父はこんな真昼間から自分に会いになどこないだろう。
自分は騎士の家系であるので、父も騎士なのだ。
……ただ、自分なんかよりももっと位の高く、王に信頼されている、という説明がつくが。
とにかくそんな父が訪れるなんて変だ。おかしすぎる。
そんなことを考えつつ、この場を他の者に一旦任せて父のもとへ行こうとする。
が、行けなかった。
何かに掴まれた服の袖が邪魔してくれたおかげで。
「…………姫様?」
「ここにいて」
自分の袖を掴んだ主は、うつむいたまま静かに言った。
何だろう、今日の姫様は本当にいつもと違う。
「ですが、姫様……父と少し、話しをするだけですので」
「シリウスならここに通せばいいのよ、アメリアが許すわ!」
そう顔をあげて訴える姫様の表情は、どこか鬼気迫るものがあった。
シリウス、とは父の名だ。
まあ位が高いとはいえ騎士は騎士。王族にかなうわけがない。
姫様がそう仰るのならば、よほどのことがない限り無碍にはできない。
「だから、ダメ。行くのはダメ」
「……わかりました、父はここに通させて頂きます。ですから、姫様」
「………?」
そう言いながら姫様の瞳は揺れている。
何があってそのようなことを言っているのかはわからない。
だが、自分は姫様のこの表情に弱いのだ。
何かを必死にこらえるような、そんな表情に。
「そんなお顔をなさらないでください。シリウスに叱られてしまいますよ」
父は、幼い姫様の教育係を兼ねていた時期もあった。
だからか姫様はこの言葉に弱い。
厳しい方だったから、叱られることは幼い姫様には恐怖ですらあったのだろう。
それがまだ、父が教育係でなくなった今も続いているというわけだ。
「夢を、見たの」
「はい」
「貴方が冷たくなっていくのを、私はただただ呆然としながら見ている夢」
「……はい」
「触って、冷たくて……それが妙に、リアルで」
ぽつりと、顔を伏せて姫様が言葉を紡ぎ始めた。
その言葉に相槌を打ちながら、聞く。
どんどん姫様の声は小さく、震えてきていた。
「怖くなってしまった……っ!!」
その言葉を最後に、姫様は何も言わなくなってしまった。
肩が震えている。もしかしたら、泣いているかもしれない。
もしかしなくても、泣きそうになっているのだろう。
一呼吸置いて、しっかりと言った。
「大丈夫です、姫様。リオンはここに居ります」
その言葉に安堵してくださったのか、姫様は未だ瞳を濡らしながら、
「……私を置いて逝ってしまうなんて、許しませんから」
そう小さな声で、だがしっかりと言ったのだ。
貴女を置いて
死んだりしません
( 私が死ぬ時は、貴女を護れなかったときだけだから )